きっかけの自学と感情の健康 ~前編~

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Triggers, Self Study, and Emotional Well-Being

 

 

By Nina

 

 

きっかけの自学と感情の健康

 

最近、うつや不安症そしてまた心的外傷後ストレス障害などの

 

“きっかけ”についてよく耳にします。

 

私の身近でうつや不安症などに苦しむ数人が

 

そのきっかけを観察している様子をみています。

 

きっかけについて何かわかる人もいるし、

 

どの特定のことが負のスパイラルへとつながるのかにまだ気づかない人もいます。

 

ですが、これが重要なコンセプトだと確信しています。

 

 

私が40代前半に経験した激越性うつ病の深刻な状態から回復するのに

 

きっかけへの洞察が役立ちました。

 

これに関して専門家ではありませんが、

 

同じように苦しむ人を助けることを目的として、

 

もう少し詳しく見ていくことにしました。

 

 

今朝、過去に書いていた

 

The Power of Svadhyaya (Self Study), Part 1 

 

The Power of Svadhyaya (Self Study), Part 2,

 

ニヤマとスバディヤーヤ(セルフスタティ)に、ヨガがぴったりはまるということに気づきました。

 

経典にはそれ自体を学んでいくこととあなたの目撃しているマインドを使って

 

自分自身について学びましょうとあります。

 

今日はヨガの支則を使って自分自身の目撃者となる

 

マインドの気づきで何がきっかけとなっているか、

 

ヨガ流セルフスタティで練習してみましょう。

 

 

激越性うつ病のさなかの時、薬物治療をしながらも回復あ非常に難しいものでした。

 

そしてまだ自分は破壊のぎりぎりのところにいる気分でした。

 

(こちらを参照ください Walking Away from the Edge)そして、1日1日終えるのがやっとのことでした。

 

 

そんなある日のこと、古くからの友達が‘日本食レストランのサロノ’で

 

ランチをしようとお店の指定をしてきました。

 

そのお店はランチやっていなかったと思い、彼にあのお店ランチやっていたかたずれると、

 

もちろんやっているということだったので、私たちはお昼にレストランの前で会うことにしました。

 

お昼にちょうど間に合うように私がそこまで歩いていきました。

 

だけど、私が言った沖、お店は閉まっていて、友達もいませんでした。

 

携帯もない時代でしたから、彼に連絡しようもなく、

 

10分かもう少しまって、それでも彼は来ませんでした(彼は時間通りの人)。

 

やがて、もしかしたら数ブロック先の丘の下にある

 

日本食レストランのことかもしれないと思いました。

 

丘を走り彼が待っているかをみに行きました。

 

ここでいう‘走って’とは文字通り走ったのです。

 

実際彼はそこにいて、私はその混乱を説明し、一緒に食事をしました。

 

しかし、状況はよくなかった。はっきり言えば、

 

今までにないくらいとても狂ったように感じたのです。

 

— 興奮しているというレベルではなく狂っている。

 

翌日、セラピストに電話して(私がとても敬愛していた心理セラピスト)彼は大らかに、

 

もしあの日丘を入っていなかったら(過度に刺激された神経系にアドレナリンを加えた)

 

ことがなければ、その日のすべてが違っていたのでないかとの推測をしました。

 

それは私にとって大きなひらめきでした。

 

…続く

 

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